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仕事収めに振り返り。

後数日で2012年が終わろうとしています。
どうした事か・・・今年は12月31日の午前中あたりまで仕事になりそうです。
休みに合わせてお客様が改築工事を行なっている事が要因ですが・・・
働く場がある事はとてもありがたい事です。
今年は1月早々-35度極寒のモンゴルに出張して来ました。
仕事の内容はモンゴルの歯科医院からインプラント治療に、日本から歯科医師を派遣してほしいとの事。
「先ず基本的な資料が無いと」との指示のもとに新年早々に白一色の広大なモンゴルに不安と一緒に旅立ち、現地の歯科医院でレントゲン写真・口腔内写真・上下顎の模型・問診等20名分ほど作製して持ち帰りました。
レントゲンの設定や現像の指導はもちろん、口腔内写真の撮影方法やら現地の衛生士(看護婦)さんと
まる4日間朝早くから夜遅くまで缶詰状態でした。
5日目の朝、現地空港で開放され、成田に降りた時は日本の温暖な気候に身体が感謝しておりました。
滞在したのは首都ウランバートル市内の歯科医院ですが、40代50代のほとんどの患者さんの全てと言って良いくらい臼歯はレジン充填。それとみごとに下顎の左右どちらかの5番か6番が必ず欠損。
レジン充填は年代に関係なく今も日常盛んに行なわれており、伝統的に充填不可能な時点て抜歯となるようです。
このインプラント話は残念ながら立ち消えになりました。
なぜなら日本から資料を基にOpe前の初期治療の詳細を伝えました。
が・・・現地の歯科医院では不可能である事となりこの計画は頓挫致しました。
モンゴルでは最近韓国の歯科医師が盛んにインプラント治療を行なったらしいですが、全てに近い症例が失敗に終わったと訪問先の院長に言われました。
人生も含め今どこまで来たのだろうか。
今どこを走っているのだろうか。
振り返える事は進む事の道導な事は解っていますが。
人は-35度に慣れると-15度はとても暖かく感じてしまう動物だから・・・。
前を見ることの大切さと前ばかり見て走る未熟さを含め。
モンゴルで改めて・・・考えた年の始めでした。

ゲンゴローいの
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by ihs3365 | 2012-12-29 14:43 | とりとめのない話

三度目の新居

2001年初夏横浜港からミャンマー国へ・・・朝日パノラマレントゲン・オートⅢ。
夏の終わりに首都ヤンゴン市内の診療所で組み立てを。
12階建てビルの7階が診療室。
ヤンゴン市内は停電が日常茶飯事の時代・・・現地の人の人力で7階まで運び込んで頂きました。
イザ!組み立て・・・組み立てそのものと健康管理等々の不安を胸に現地に乗り込んで行きました。
私と+現地人2名で組み立てました。もちろん組み立て中の公用語は身振り手振り。
稼動する事約1年。
事情が発生して急遽解体の運命・・・もちろん急遽ですから現地人が解体そして隠蔽保管。
急遽ミャンマーに飛んで五体満足を確認し梱包安静保管して運命を待つ事に。
その後1年以上経過して。
突然タイの首都バンコク市内に保管したとのお話・・・この期間の出来事は触れる事は出来ませんが。
その後又1年近く経過して日本に持ち込みたい話になり。
突然税関よりお電話を頂き・・・。
「受取人弊社」日本のレントゲンをタイから輸入なんて聞いた事がない・・・苦慮の話。
医療用具ですから問題は当然です。何とか事情を話し裏口ご厚情にすがって・・・感謝して。
その後日本からミャンマーに持ち出した診療所で組み立て・・・何とか4年近くがんばって。
しかしこの大震災・・・・海は越える事まではなく3度目の新居へ・・・先日組み立てを完了したところです。
このタフなオートⅢ君。
多くの人々から援助を受けて大切にされ。海外で機能していた事や、隠遁生活より、更に長い日本での生活がまた始まりそうです。いたる所に凱旋の傷は消える事はありませんが・・・・たいしたモノだ。
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ゲンゴローいの
by ihs3365 | 2011-06-21 15:48

韓国の歯科書籍出版事情

日本で連載された原稿を韓国で一冊の本にして出版しよう。
この企画が進行中ですが・・・。
翻訳を担当されている先生は、日本の某国立大学に留学経験が長く、日本語はもちろん日本の歯科事情にも堪能です。
韓国での講演会では通訳としていつもお世話になっている朴先生です。
歯科医院は歯周外科の先生と組んで漢南地区で開業されております。
テナント開業ですが院内は間接照明に工夫が施され、一言では表現不可能です。多種多様に細部にわたるデザインも素晴らしく、空間の演出がニクイほど美しく感激させられます。
総合設計デザインはソウル大学建築関係の有名な教授との事でしたが、建築費用も多額である事も伺えます。もちろん設備も充実している事は当然です。
韓国もインプラント全盛期らしく、インプラントとホワイトニングの書籍しか売れていない、今後の韓国の歯科医療はどうなるの?・・・・と、朴先生は嘆いておりましたが・・・朴先生は補綴で留学されておりましたので。
しかし、それだけではなさそうで若い先生はもちろんですが、インプラントの講演会や研修会以外は歯科医師が集まらないのが現実との事です。
欠損部位即インプラントから欠損を作ってインプラント・・・に近い歯科医師も存在するとの事。
補綴や歯内療法はどこに行った?・・・・・・とこぼしていましたが、これに対抗する強い勢力が存在しない事も大きな問題とも言っておられました。これは反対のための反対では無い事も確かです。
何事も反対勢力があってバランスが保たれ、行き過ぎにストップがかかり、バランスや限度が築かれる事は歯科業界のみならず、多くの分野に必要不可欠である事を認識しなければならないと感じております。 ≪げんごろーいの≫

GOOD FACE IMPLANT CLINIC
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by ihs3365 | 2008-07-03 16:54

中国・・・・人材派遣。

私の知人が、中国で人材派遣会社の社長をしています。
オリンピック・万博そして天災・・・・と何かと忙しそうで大変な中国。本当に多くの問題を抱えているのに、強引に前に進んでいるように見えるのは私だけでしょうか。日本ももちろん、どこの国も問題は異なりますが、多くの問題を抱えているのも現実です。
地理的にも近いせいなのか、多くの話が伝わってきているようにも思いますが、根の深い国民の部分まではなかなか伝わりにくい国とも言えます。
これは、国に対する強い教育が現状を支えている事も現実です。
知人は人材派遣の立場から、今後、日本と中国の関係を以下のように考えているようです。
まず、中国は現在も都市部以外で国内に仕事がない・・・今後、オリンピックや万博が終われば更に仕事が無くなる。そして、不景気になり益々海外に仕事を求める事となる。
ただし、中国の労働力は、地方から出稼ぎとも言える人達に頼っているのが現実です。
また、地方から出てきても職が無く、ひどい生活を送っている人々も多くいます。
中国の不景気が更に安い労働力の売りとなり、賃金が低下して安価な中国人労働者を提供出来ると強調しています。不景気がチャンス到来で、この知人の人材派遣会社が、日本企業に対しての知的労働者・高度技能労働者の売り込みが、今、チャンスとしている根拠らしいです・・・。
安い労働力が今の中国を支える中で、多くの不満がある事も事実です。
その反面、ある程度所得が安定している知的労働者は、がむしゃらに働かなくなっているそうです。
そのため、海外に出てでも自分の才能で勝負したいと考えている分野の中国人労働者は、非常にお得ですと強調しておりました。
それにしても、30歳半ばの中国人女性が一ヶ月そこらで30社以上の会社訪問をこなし、最後に東京に法人設立までこなして帰国するあたりは見事なものです。
私に対しての協力要請は、都道府県別県民所得ランキング表のみ・・・。
成田から即、愛知地区に拠点をおいて一ヶ月。東京で法人設立に1週間との事。
彼女曰く、最近の大卒中国人は働かない、困ったものだ・・・。もっとハングリーにならねば・・・でした。

中国では最近まで、「日本は空からお金が降ってくるようないい国だが、人はすこぶる悪人が多い。」と言われていました。
しかし、中国の方が日本に来て一番感心するのは、日本全国何処に行っても道路がいい、住んでいる家がきれいで立派だ。農地も整備され緑も水もきれい・・・。そして人々が優しく善良の人が多い。
こんな日本とは理解していなかった・・・。日本に住みたい・・・。
その一方で、日本国内でも理解出来ないお役人様や、惨い事件が多く発生しております。
もう一度、私達も国そのものを作る発想をしないといけない時代に来ている事も現実です。
お隣中国への心配も「よけいなお世話」と言われないよう、心すべきかもしれません。
最近、ミャンマー・中国と大きな天災に見舞われ・・・複雑な思いが致しております。
災害被害者に心からお見舞い申し上げます。
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<げんごろーいの>
by ihs3365 | 2008-05-13 13:51

ミャンマーその後(1)

最近めっきり日本の新聞でミャンマーの記事のとりあついが少なくなってしまいました。
日本人のジャーナリストがデモ隊の中で不幸な出来事に巻き込まれてからしばらく、毎日のようにミャンマーの首都ヤンゴンの映像が流れていたのが嘘のようです。

ビルマ/ミャンマー国の名前が変わったわけですが、今でも世界の国の中では「ビルマはビルマでなければ」と、こだわる国もあり、日本のニュースキャスターの中でも、「我々はビルマと呼びミャンマーの国名を認めない」などとも言っている。
背景のとらえ方は多々あってよいとは思いますが・・・異なる背景から見ることも大切な事かも知れない。

日本の呼び名の中に「倭」・・・ヤマトという字があります。
中国の日本語学園大学で「倭」の意味にふれた時、『いいなり』・『あやつる』この様な意味が隠されているとも言われています。
歴史の中でその国にはその国の事情があることが国名にも現れていることも事実です。
僧侶のデモが激しくなって日本人の死者がでた時、ビルマでもミャンマーでも国の呼び名などどうでもよい事で、以前の様な大量に死者が出る事だけは避けてほしいと記したと思いますが・・・。
もともとビルマはビルマ人のビルマだったと思います。
現在もビルマ人が70パーセント近くを占めております。十九世紀入って英国がこの国を征服いたします。ここから少しこの国の歯車がきしみだしていったのではないかと考えます。
もともとの単一民族単一宗教から、大量のインド人と華僑そして周辺の山岳民族を引き入れて、ビルマ人を奴隷に近いあつかいにまでしてしまった英国との歴史の始まり。
第二次世界大戦後ビルマ人が再び自分たちの国作りに着手した事となります。
今現在も多くのインド人や華僑の住み続ける人達との軋轢、英国が少数民族を重用した戦略を組み込み引継ぐ事となり、そのまま国を維持していかなければならない苦労は現在にも現実として残されている。
ご存知のようにミャンマーは現在軍事政権化の元に国を維持いたしております。
軍人のほとんどがビルマ人で少数民族との内戦は今も現実です。
国土の立ち入り禁止地域も多くあり条件付立ち入り禁止を含めれば、国土の70%近くは立ち入り禁止地域となります。
憲法や本格的国民選挙と最近は報道されておりますが、悩みは深く簡単にはいかない問題が多々あります。首都ヤンゴンの町をはじめ住み着いてしまったインド系、中国系の人々はもちろん、130以上あると言われている民族の方々等々・・・。
大国が介入する以前のビルマ・・・軍事政権前のビルマ・・・。
国を守る事の重要性に直面し続けた軍事政権でもあるわけですが、たぶんビルマと言われた時代にもう一度戻して国作りをやらせてほしいと願っても不思議とは思えない現状です。

私達日本は幸いにも沖縄を除いて長期の植民地経験もなく、周りを海に囲まれた環境では到底理解できない事です。もちろん日本が今ある姿は先人のご苦労の上にある事も確かです。心から感謝し継承していかなければならない責任さえ感じます。その反面沖縄のように特殊な歴史を理解する事も大切な事であり、世界の歴史は戦争に勝った者だけが美化して作るもでもありません。
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(ゲンゴローいの)
by ihs3365 | 2008-03-04 15:23

ビルマ・ミャンマー?

首都ヤンゴンで大規模な反政府デモが続いています。
日本人の死者も出て今後の成り行きが心配されます。
私たちが首都ヤンゴンに歯科医院建設のために通っていた頃は、
デモらしいデモは見たことも聞いた事はありませんでした。
ただし大学は閉鎖中でした。
1988年には多くの学生が犠牲になり、悲惨な出来事が再現されない事を願うばかりです。
テレビ画面からヤンゴン市内の、デモに対する軍の武力弾圧の様子が流れてくる事が、私には不思議にさえ感じます。軍の施設前の歩道は通行禁止、カメラを持っているだけで銃口を向けられ、遠い迂回を強制された事を思い出します。
今、テレビ画面に軍に追われ逃げまとう、僧侶、市民の姿が映し出されて来ますが、出来れば街中のパゴダ付近でと願っております。1988年の悲惨現場は一直線の広い道路、左右には建物人家はなく、片側は少し高い土手らしき地形、軍の一網打尽に多くの犠牲者が出てしまったようです。
現場でその時の情景説明を受けましたが、道路一面に折り重なった何千という死体を、軍のブルドーザーで死体を集めトラックに積み込んだとの事でした。とても熱心な仏教徒が90%近くを占める国民同士なのに考えられないと言う・・・・。現場で説明をしてくれた彼の悲しい目を思い出します。
今回は僧侶と市民がデモ活動の中心ですが、多くの軍人も仏教徒であることに多少の光明があるのかも知れません。しかしビルマ軍は過去に、タイ国アユタヤの石仏の首という首を破壊した事を考えれば、相当危険な局面である事も確かです。
しかしミャンマー市民僧侶の服装はデモには不向きで、悲壮感さえ感じます。巻きスカートにゴムぞうり、僧侶は長い布を巻いただけ。無くなった日本人の服装も現地市民と同じでした。軍人一人に多くの市民僧侶が追いかけられている姿は痛々しい。
もはやビルマ・ミャンマーなど名称にこだわっている時現ではなく、残酷悲惨はすぐそこまで忍び寄っているのが現実です。
ミャンマーの市民生活はとても貧困です。20kgの水タンクが持てないほど食料事情の悪い青年もいます。通勤費を浮かすために7~8kmは歩いて通います。
日本の低所得者層が1,000万人を超えたそうです。日本にも食べられない時代があった事も事実です。構造改革には貧困の代表が必要かも知れません。
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by ihs3365 | 2007-09-28 14:42
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何かいい方法はないか。
カンボジアで歯科医療奉仕活動を行っている某先生から、最近お話がありました。
フッ素塗布、フッ素溶液でのうがい。
民間では予算があるのでお金のかからない方法は・・・・。
色々効率と予算を検討致しましたがフッ素塗布を選択致しました。
今回はプノンペン市内の小学校(日本と少し異なります)をモデル校にして、始めてみるとの事でした。
日本からさまざまな団体が、東南アジアで歯科奉仕活動をやっている事もご存知かと思います。
30年以上前から多くの団体が長期にわたり、歯科奉仕活動を行っている話をお聞き致します。
設備も無く大変な活動である事も想像出来ます。
処置の内容はほとんどが抜歯らしい。
抜歯はもちろん歯科医院で診療を受診する事さえ、出来ない人たちも多い事も現実です。
今回のフッ素塗布の話は・・・・ようやく新しい時代が来たかと言う感じでした。
某先生はカンボジアで、アメリカの支援の診療バスを利用したり、長いテーブルを利用して携帯ユニットで治療したり。昨年から年数回カンボジアを訪問して、ほど子供達のための診療を開始しておられます。
私は10年ほど前に、この先生とミャンマーで歯科医院作りを、4~5年間お手伝いさせて頂いたほど経緯があります。歯科医院を作りながらミャンマーの軍病院など、歯科診療室を訪ねユニットの修理等貴重な経験をさせて頂きました。
この時私は日本からの歯科奉仕活動は抜歯が多い事を現実として認識させられました。
その後ミャンマーの件で、国会議員に現実をお話する機会にも恵まれ、現実を聞いてびっくりして心痛めておられました。
なかなか援助を受ける国も多種多様で、歯牙を残す運動もままならないのも現実かと思います。
国を超えて、たとえささやかな奉仕活動でも、大変な障害や理解を必要とします。
今回小さな一歩ですが、治療・予防が現実となる事は喜ばしい事と思います。
医療は最先端と最前線があります。離れている事も多いですが、最前線は待った無しの現在進行中です。
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by ihs3365 | 2007-06-28 18:11